対談・インタビュー

血圧、脳年齢、健康寿命…… 家の暖かさが身体に与える影響とは?

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慶應義塾大学理工学部 伊香賀俊治研究室 伊香賀俊治
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OMソーラー株式会社 代表取締役社長 飯田祥久

 

「家の暖かさが、健康に大きな影響を及ぼす」そんな研究を行っているのが、慶應義塾大学理工学部伊香賀俊治研究室。

同研究室は2014年、OMソーラー、オムロンヘルスケア、そして自治医科大学循環器内科学部門苅尾七臣教授と共同研究を行い、家の暖かさと健康との関係を調査。すると、断熱性能が低い家の居住者のほうが、断熱性能が高い家の居住者よりも平均血圧にして7.8mmHg(ミリメートルエイチジー)高くなり、床から10cmの足元付近の室温が10℃低下したときに、血圧は平均9mmHg上昇することが判明した。

この調査結果をもとに、伊香賀研究室では、国土交通省のプロジェクトとして室温と健康との関係を調査。今では、血圧だけでなくさまざまな疾患と温度との因果関係が明らかになっているという。

いったい、温度が変わることによって、人体にはどのような影響が及ぼされるのだろうか?OMソーラー代表取締役社長の飯田祥久が、伊香賀教授にお話を伺った。

 

 

共同研究が国土交通省のプロジェクトに発展

 

― 伊香賀研究室では、建物と温度の研究を長年行っており、14年及び16年の2回ではOMソーラー、オムロンヘルスケア、自治医科大学循環器内科の苅尾教授、そして、伊香賀研究室の4者で共同研究も行いました。これによって、住環境と血圧との非常に高い相関関係が明らかになっています。なぜ、この共同研究はスタートしたのでしょうか?

 

飯田祥久(以下、飯田):漠然と、暖かい家は健康にいいというイメージがありましたが、エビデンスが求められる時代になり、製品の価値を明確な数字によって示さないといけないと考えていました。その中で、オムロンヘルスケアと共同研究をしようという話が持ち上がりました。さらに、伊香賀教授や苅尾教授に協力いただき、4者の共同研究という形に発展したんです。

 

伊香賀俊治(以下、伊香賀):部屋の温度と健康には何か関係があるだろうと誰もが感じていましたが、ちゃんと数値としてしっかりした研究は少なかったんです。しかし、調査をはじめ、その結果を分析してみると、特に血圧に対して驚くほどキレイな相関関係が見られました。

 

写真左、伊香賀教授

 

飯田:断熱性の高い家に住んでいる場合、平均血圧が7.8mmHgも下がるという結果は驚きでした。

 

伊香賀:ここで得られた結果は、現在、国土交通省で行っている大規模プロジェクトに反映されています。現在、国土交通省では「スマートウェルネス住宅等推進事業」の一環として、住宅の断熱化と居住者の健康を調査しています。私は調査委員会の幹事で、調査・解析小委員会の委員長を仰せつかっています。(*1 国土交通省報道発表資料/2019年1月24日)。この中に、足元の寒さがどれほど健康に影響を与えるのか、という調査が組み込まれているんです。

 

*1:住宅内の室温の変化が居住者の健康に与える影響とは?調査結果から得られつつある「新たな知見」について報告します
~断熱改修等による居住者の健康への影響調査 中間報告(第3回)~

 

また、内閣府の「革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)」の脳の健康プロジェクトの一部で、現在、住環境と脳の健康状態の関係を調査しています。これまで、食品と脳年齢の相関などを研究していたのですが、この中に、住環境が脳に与える影響の調査が加わり、その結果、冬季1℃暖かい家の人の脳神経は2歳若いことがわかったんです。(スライド1参照)

 

スライド1 Ikaga Lab., Keio University

 

飯田:我々の行った共同研究が、プレテストの役目を果たしたんですね。

 

 

― そもそも、伊香賀教授にとって、OMソーラーとはどのような存在だったのでしょうか?

 

伊香賀:私は、学生時代、早稲田大学の木村建一先生のもとでパッシブソーラーハウスの研究をしました。その後、日建設計では、OMソーラーを開発した奥村昭雄先生のアイデアを参考に、空気集熱のシステムを保養所、研修所、研究所など多くの大規模施設に採用してきました。そんなわけで、OMソーラー、奥村先生を尊敬しています。

 

飯田:ありがとうございます。

 

伊香賀:高知県の梼原町(ゆすはらちょう)が健康と環境に良い町営住宅を建設するに際してOMソーラーの採用を助言しました。これは、太陽エネルギーを使い、足りなければ補うというアイデアが魅力的だったからです。OMソーラーの集熱システムは、性能的にとてもいいだけでなく、環境との調和を目指すこのプロジェクトに最適だったんです。

 

 

イギリスでは平均室温18℃未満が「病気になりやすい温度」

 

スライド2 Ikaga Lab., Keio University

スライド3 Ikaga Lab., Keio University

 

― では、OMソーラーとしては、この研究結果をどのように活かしているのでしょうか?

 

飯田:会員工務店に対して、理解しておくべき内容として情報を届けたり、Webサイトでも掲載して、研究の成果が消費者まで届くようにしています。2018年から、建築業界では「全館空調元年」と言われ、各メーカーは新しい商材開発を模索しています。この中で、伊香賀先生の研究を援用しているメーカーも少なくありません。

しかし、伊香賀先生の研究結果は床面まで暖かいということが前提であるにもかかわらず、足元温度を無視しながら「全館空調が健康にいい」と訴求するメーカーがとても多い。私たちとしては、研究の成果を適切に伝え、わかりやすい形に噛み砕きながら啓発をしていかなければならないと考えています。

 

写真右、飯田祥久

 

― 伊香賀先生の研究では、ただ単に居室を温めるだけでなく、家中が、床面から温まっていることが前提ですね。

 

飯田:床下を温めずに、部屋の空気だけを温めても全館空調と呼べるかも知れません。しかし、暖かい空気を上から吹き付けても足元まではなかなか温まりません。OMソーラーやOMXの場合、床を暖めて、足元から熱が上昇するように設計しています。実はこういったシステムは数少ないんです。

 

伊香賀:私の研究の場合、「積極的に暖かくする」というよりも、「寒い場所をつくらない」ことが大事であると考えています。だから「リビングだけでなくすべての部屋が」「足元まで暖かい」ということが前提とされている暖房をしても、床面が冷たかったり、リビングだけが暖かいでは足りないんです。
多くの場合、温水式や電気ヒーター式の床暖房は、リビングにしか敷設しませんので。省エネではありますが、床暖房を敷設していない他の部屋は寒くなってしまうため、健康効果は不十分。寒い場所をつくらず、家の中に温度差がないことが血圧の上昇を抑えるためには欠かせないんです。2016年に行った調査で、リビングとそれ以外の室間温度差を分析したところ、室間温度に1℃の差があるだけでも、血圧には影響があることがわかりました。普通に暮らしていれば、居間と寝室との温度差が5℃程度の家は珍しくないですよね。

 

飯田:すると、血圧にはさらに大きな違いとなって現れてしまいますね。

 

伊香賀:はい。そもそも、日本の家の温度はとても低いんです。イギリスでは、平均室温18℃未満は「病気になりやすい温度」と定義されています。しかし、国土交通省の測定では、およそ9割の家庭の平均室温が、暖房がされているはずの居間ですら17℃しかない。さらに、脱衣所や廊下の温度は12.7℃だから4℃程度低くなっているんです。
厚生労働省が推進しているプロジェクト「健康日本21」では、脳卒中と心筋梗塞の予防のために、国民全体で「平均最大血圧約4mmHgの低下」という目標が盛り込まれています。これによって、15,000人の死亡が防げると試算されている。しかし、室間温度差がない家や足元が低温でない家に住めば、4mmHg程度の血圧は簡単に下げることができるんです。

 

 

― 足元が暖かく、室間温度差がない高断熱住宅が日本に普及するだけで、15,000人の命が救えるかもしれない。

 

飯田:とても大きなインパクトのある数字ですね。伊香賀教授の研究では、足元温度が1℃異なれば0.5mmHg血圧が異なってくる。家の中を18℃以上に保つことによって、多くの人々の命を守ることができるんですね。

 

伊香賀:断熱改修前後で居住者の起床時最高血圧の変化を調査した所、平均3.5mmHgほど血圧が下がるという調査結果を得ました。ただ、この調査の場合、一部の部屋にしか床暖房が設置されていないなど、理想的な改修ではないケースも入っている。もしも、全ての住宅を高断熱住宅に改修すれば、10mmHg程度は血圧が下がるでしょう。居間だけが16℃以上で他の部屋が16℃未満だったり、家中が16℃未満の場合には1.5倍も高血圧治療で通院する人が有意に多いという調査結果が得られました。家の中に温度差があること自体が、病気になるかどうかを左右しているんです。(スライド4、5参照)

 

スライド4 Ikaga Lab., Keio University

スライド5 Ikaga Lab., Keio University

 

― 高血圧というと、どうしても、塩分の摂取や、飲酒・喫煙などの生活習慣の改善がメインに語られていましたが、温度の影響がとても大きいんですね。

 

伊香賀:塩分の摂取については相関関係がありますが、お酒やタバコよりも、家の温度差のほうが、血圧に与える影響は大きいんです。また、高血圧によって引き起こされる心筋梗塞、脳卒中といった重い病気だけでなく、腰痛、肩こりといった身近な症状にも家の寒さが関係しています。肩こりについては、寒い家に住んでいる人の場合、高断熱住宅に住んでいる人との差はおよそ3倍にもなっているんです。(スライド5参照)

 

 

― 家の寒さが万病の元になっている……。

 

伊香賀:年間6,000人が自宅の風呂で溺死するという入浴事故も同様です。廊下や脱衣所が低温の場合、約1.8倍入浴事故のリスクが高まってしまうんです。(スライド6参照)

 

スライド6 Ikaga Lab., Keio University

 

飯田:全館暖房の家を設けるだけで、高血圧で15,000人、入浴中に6,000人もの命がリスクを回避できる。社会的にも住宅の温熱環境の改善を進めていく意義は大きいんですね。

 

 

暖かな家が健康寿命を4歳上げる

 

飯田:また、伊香賀先生の研究によれば、健康寿命にも大きな影響を及ぼしているようですね。

 

伊香賀:大阪の千里ニュータウンには、ニュータウン開発がなされた当時からある築40年程度の家が多いのですが、私の研究では、ここに住む人々の要介護認定を受けた人々の数字を追っています。
その結果、断熱住宅に住んでいる人のうち、半数が自立生活を営めなくなる年齢が80歳であるのに対して、断熱住宅ではない人は76歳。断熱性能が高く、脱衣所や廊下がたった2℃暖かいだけで、4年も健康でいられる期間が長くできるんです。(スライド7参照)

 

スライド7 Ikaga Lab., Keio University

 

飯田:たった2℃の違いが、健康寿命に大きな影響を与えるんですね。要介護期間は、男性9年、女性13年と言われていますが、それが4年も短くなる。政策的にも取り上げられるべき研究だと思います。

 

伊香賀:介護費の自己負担額は年間およそ80万。健康寿命を4年伸ばすことができれば、その金額は300万円程度になります。家を建てるときやリフォームするときに断熱を強化することで、後々、介護にかかる費用を支払わずに済む可能性がある。また、前述のように脳の健康は3℃で6歳の差がつくという結果が出ており、認知症にも効果を発揮することがわかっています。
それに、高齢者の転倒・骨折にも家の暖かさが関係しているんです。家の中での転倒・骨折を引き金にして、毎年3,000人あまりの人々が亡くなっているのですが、寒い家の人ほど転倒・骨折の経験が多く見られています。

 

飯田:それは、日頃の運動量が異なるからでしょうか?

 

伊香賀:はい。寒い家に住んでいると、いくら暖房しても家が暖まりきらないので、コタツに頼らざるを得ない生活になってしまう。それによって、身体を動かさず、活動量が少なくなります。厚生労働省では、健康維持のために1日10分運動量を増やす「+10(プラス・テン)運動」を推進しています。しかし、断熱改修をして暖かくなると、室内の軽強度以上の活動時間が知らず知らずのうちに20分から30分も有意に増えるという結果も得られました。そして、足腰が強くなり、転びにくくなる。(スライド8、9参照)

 

スライド8 Ikaga Lab., Keio University

スライド9 Ikaga Lab., Keio University

 

飯田:家が暖かくなることで、自然に1日10分の運動をするようになるんですね。

 

伊香賀:はい。また、健康診断の結果を見ると、寒い家に住む人の方が明らかにコレステロール値が悪く、心電図異常も見られるんです。(スライド9参照)

 

飯田:コレステロールにまで影響が?

 

伊香賀:寒い家の場合、血圧の上昇が繰り返され、家のなかでも血管の収縮拡張が頻繁に起きます。それによって、血管壁を守ろうとして、コレステロールが固まるんです。足元が16℃未満の場合、高血圧症、脂質異常症、あるいは「難聴」にまで響いてしまうんです。(スライド5参照)

 

飯田:本来は、イギリスのように「平均室温18℃未満は健康に悪い住宅」という基準を設けるべきですね。

 

伊香賀:そんな基準づくりを目指して、これらの調査を行っています。ゆくゆくは、国の健康政策に、住宅の影響を取り入れようという取り組みなんです。

 

 

― 今回、伊香賀先生のお話を受けて、改めて健康に対する温度の重要性を理解することができました。

 

飯田:伊香賀先生の研究成果がきちんと世の中に浸透するように、我々も事業活動のなかで積極的に啓発していかなければなりません。実際のところ「1℃や2℃の温度差ではほとんど影響はない」という感覚の人はとても多い。しかし、血圧が4mmHg下がるだけで15,000人の命が救えるというように、統計などの大きな数字を見ていくと、非常にたくさんの人の健康に影響を及ぼしています。伊香賀先生が研究の結果導き出した1mmHgや1℃といった数字をないがしろにせず、その重要性を広めていきたいですね。

 

 

― では、伊香賀教授から今後、OMソーラーに期待するのはどのような部分でしょうか?

 

伊香賀:OMソーラーには、会員工務店との連携に取り組んでいただくことを期待しています。2020年から、国土交通省では、建築士が建築主に対して、省エネ基準適合に関して説明することを義務付ける法改正が行われます。OMソーラーに加盟する工務店さんは、建築主に最前線で接する立場。これをちゃんと説明することによって、国民の家に対する意識はより高くなっていくはずです。加盟する工務店と協力しながら、そのような啓発を行っていってほしいと思います。

 

飯田:その責任を重く受け止めさせていただきます。本日はありがとうございました。

 

 

文:萩原雄太 写真:フランコ・タデオ・イナダ 編集:MULTiPLE Inc.

 

 

 

 

PROFILE

伊香賀 俊治
いかが としはる
1959年東京生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業、同大学院修了。(株)日建設計、東京大学助教授を経て2006年より現職。専門分野は建築・都市環境工学。博士(工学)。日本学術会議連携会員、日本建築学会学術理事、空気調和・衛生工学会技術理事、日本LCA学会理事・副会長。内閣官房、国土交通省、文部科学省、経済産業省、環境省、厚生労働省などの建築・都市関連政策に関する委員を務める。共著に「CASBEE入門」「建築と知的生産性」「健康維持増進住宅のすすめ」「熱中症と予防と現状」「LCCM住宅の設計手法」「最高の環境建築をつくる方法」「すこやかに住まう、すこやかに生きる、ゆすはら健康長寿の里づくりプロジェクト」ほか多数。
飯田 祥久
いいだ あきひさ
OMソーラー株式会社代表取締役社長。1971年生まれ。1995年青山学院大学国際政治経済学部卒業後、さくら銀行(現三井住友銀行)入行。2004年オーエムソーラー協会(OMソーラー)に入社する。 2009年代表取締役社長に就任。加盟工務店ボランチャイズの仕組みや、OMソーラーシステムの販売体制を整備し、経営に尽力してきた。